ピタのケイタイPhoto日記

ケイタイ(スマホ)での写真やアプリ、そして自分の日常と流行もの。

2019年の今日、入院していた。

あっという間に時間は過ぎてしまう。それを痛感するのが、昨年の今日の状態。

入院中。しかも、救急車で運ばれて。

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お世話になった24時間点滴。

 

12日に運ばれて、1年前の今日は病院の窓から不安な気持ちで、外を見ていたな。

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交野病院の窓からの景色。

 

1年経って、完全に治ったとは言えないけど、まだちゃんと生きています(原因が特定できないまま‥)。

体重はかなり減り(ある意味健康的な体重)、今日仕事でお伺いしたお客様にも心配されてしまいました。

来月は会社の人間ドックです。何もありませんように。

 

南紀白浜で何度もみたパンダを、未だ上野動物園ではみていない。

世の中は今日は成人の日ということで、ひょっとして上野動物園は空いてるかな?と思いつつ上野動物園へ行ってみた。

結論から言うと、入園せず。未だ上野動物園でパンダを見ていない。

上野動物園の入園口が混み合っている写真

上野動物園の入園口は混み合っていた

1月と思えない暖かい日で、家族連れで混み合っていた(一応、上野恩賜公園へ行ったのは、別の理由で)。

関西の人ならご存知、南紀白浜にある「アドベンチャーワールド」。ここでなら何度もパンダを見ているし、さほど並ばずにパンダを見ることができる。

アドベンチャーワールドの入り口

アドベンチャーワールドの入り口

物珍しい感じでもなく、しょっちゅう(言い方は良くないかもしれないが)、赤ちゃんパンダが産まれているし、「ジャイアントパンダファミリーサイト」、という特設サイトもある。

pandababy-aws.com

 

なお、和歌山のパンダは、やや茶色く白黒ではないが、間違いなくパンダである。
動物園内という限られた世界の中ではあるが、のびのびと暮らしている感じがする。

アドベンチャーワールドのパンダ

アドベンチャーワールドのパンダは、やや茶色い

できるだけ観客の近くで横になる等、サービス精神旺盛。

そして、16時頃になると部屋へ戻ろうとするところにプロ意識を感じる。

ゴロゴロしているパンダ

ゴロゴロしているパンダ

ただ、時折つかれてしまうのか、なんとも言えないポーズで寝てしまう(ある意味シャッターチャンスです)。

パンダの写真

ややお疲れ気味のパンダ。

全体的にゆっくり色んな動物の生態を見ることができるが、一番のお勧めはペンギン王国のコウテイペンギン

コウテイペンギンの写真

コウテイペンギンは、まったく動じない。

ガラス(アクリル製?)越しとはいえ、近づいても全く動じないし、カメラを向けても我関せずの、堂々たる雰囲気。さすが皇帝ペンギン

単身赴任する前は、南紀白浜に年に1回は家族で行っていたが、最近は・・・。

息子の受験が落ち着いたら、また行こうかな。

 

東京から南紀白浜空港へ直通便もあるので、首都圏の方も和歌山へぜひお越しください。パンダ、見放題ですよ。

shirahama-airport.jp

 

※今日上野恩賜公園へ行ったのは、せとうちグルメフェスで牡蠣を食べたかったからでした。

setouchi-gourmet.com

二十歳の頃、何をしていたのか。そして何を得たのか。

今週のお題「二十歳」。

二十歳の頃、アルバイトを通じて、今の仕事のやり方の基礎を得た。そんな時期でした。

京王線高幡不動駅の写真

二十歳の頃、高幡不動辺りに住んでいた

二十歳の頃、東京に1人で出てきて2年が経ち、大学での新しい人間関係や、アルバイト先での立ち位置などが固まってきた時期でした。

今振り返ってみれば、実家を離れることが目的で東京へ出てきたんだなと。

なぜ、実家を離れたかったのか。理由は単純で、あの田舎に居ることが「嫌」だった。閉鎖的な地域が嫌だった。ただそれだけで、1人で見知らぬ土地へ出ていった勇気は今更ながら褒めてあげたいと思います。

今のようにスマホで地図を検索することもできず、住宅情報(賃貸等)の雑誌についていた路線図だけで、よく高幡不動に住もうと思ったものです(これは、我ながら驚く)。

親の反対を押し切って家を出たこともあり、自分で生活をしなければならなかったので、最初は日雇い的なバイトを日曜日にしていましたが、たまたま学校の掲示板にあったアンケート調査の仕事をするようになりました。その「たまたま」見つけたアルバイト先で、長く働くことになりました。

そのアルバイト先は、某大手不動産会社から、新規物件の建築にあたって市場性があるかどうかを調べる(デベロッパー的な仕事)会社でした。

マンションを建てる(開発する)地域と、販売予定の価格帯、間取りプランに対して、需要があるかどうか。今と違って郵送と対面でのアンケート調査でした。

最初はそのアンケート調査員でしたが、次第にアンケート調査員を雇い、集まった数字をパソコン(8インチのフロッピーディスクにデータを保存する、とても大きなパソコン)に投入し、集計。ワープロで社員の方のメモ・文章を打つ(清書?)といった役目に変わっていきました。

あの頃の経験で、キーボード入力と、人(アルバイトの方々)への作業指示の仕方と取りまとめ役としての立ち居振る舞い、上(社長や社員の方)への報告書類の作り方や体裁、そしてお酒をおぼえたんだと、今振り返れば思います。

よく他のアルバイトの方々(ほぼ同年代のはずの学生)に、社員と間違えられたのは、仕事をする上での基礎を、あの当時、あの会社の社長、室長、社員のみなさんが教えてくれたからだったんだ。そう思います。

二十歳の頃に自分が得たもの。それは、実は今の仕事や生活の「基礎」、「基本」でした。

合格祈願に行ってきた。

来週はセンター試験、大学入試の本番です。


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うちの長男もそんな年頃になりましたが、受験勉強らしい時間を確保しているようには見えない。親の不安をものともせず、極めてマイペースです。

振り返ってみれば、自分もガツガツ勉強した記憶はなく、なんとなく志望校(本命)赤本だけやって本番に挑むという感じでした。当然、志望校の対策しかしていないので、すべりどめのつもりで受けた他の学校は全部落っこちました(受験当日に、試験の問題をみて、何もわからないことに気がついた)。

不合格通知を受領するたびに、大きな不安をもったわけですが、志望校だけ合格したので結果としては良かったです。

今思えば、不安になるだけだったので、受験料がもったいなかったなと思います。

そんな自分自身のことを棚に上げて、長男のマイペースさに不安を覚え、湯島天神へ合格祈願に。絵馬も奉納してきました(実は初めて絵馬というものを奉納した)。

なにか他にしてあげられることもないので、これくらいはと思いつつ、しっかり祈念してきました。

息子がセンターでポカミスせず、志望校に合格しますように!